これは何という植物ですか?カラムシの向こう側の茎の太い植物です。
| 質問 |
これは何という植物ですか?カラムシの向こう側の茎の太い植物です。 |
| 回答 |
ヨウシュヤマゴボウ http://had0.big.ous.ac.jp/plantsdic/angiospermae/dicotyledoneae/choripetalae/phytolaccaceae/yousyuyama/yousyuyama.htm間違いない開花まで待て |
| 回答数 |
1 |
| 質問日 |
2011年05月13日 |
| 解決日 |
2011年05月19日 |
| 詳細 |
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1262175077 |
「カラムシ」という植物から、繊維を取りだし、網とか服(?)とかを作る方...
| 質問 |
「カラムシ」という植物から、繊維を取りだし、網とか服(?)とかを作る方法はどのようにするのでしょうか?6000年前から、利用されていたとか・・。それが今では雑草としてはびこっています。それを何とか利用できないものかと思いますが、なかなかネットで調べても詳しくわかりません。もしご存知の方、あるいはわかるサイト等ご存知でしたら教えてください。 |
| 回答 |
今でも利用されていますよ~以下のサイトを参考にあんまりサイト貼り付けるのは市区じゃないんだけど、まあこの場合は致し方ないhttp://www.asabo.com/ramie.htm「苧麻」ともいいますので、それで検索した方が見つかりますねただ、糸の質は栽培条件でかなり変わりやすいらしい。ゆえに雑草化しているカラムシでうまくいくかどうかは謎ですなそうそうカラムシ以外にも、イラクサやアカソの仲間からも糸を取った歴史がありますよ |
| 回答数 |
1 |
| 質問日 |
2011年05月11日 |
| 解決日 |
2011年05月12日 |
| 詳細 |
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1362095433 |
カラムシ(苧麻)という雑草が家の周りに繁殖して困っています。大きくなる...
| 質問 |
カラムシ(苧麻)という雑草が家の周りに繁殖して困っています。大きくなると手がつけられないので、なるべく小さいうちに刈るようにしているのですがキリがありません。夏になると虫もついてくるし何とか根こそぎ退治したいのですが。何かよい方法はありませんか? |
| 回答 |
アミノ酸系の除草剤で枯れると思いますが。商品名グリホなんとかっていうやつです。500ml/300円くらいです。これを50倍くらいに薄めて使います。根こそぎ枯れますよ。 |
| 回答数 |
1 |
| 質問日 |
2011年04月22日 |
| 解決日 |
2011年04月28日 |
| 詳細 |
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1260669402 |
アオカラムシと言う植物がありますが。この植物を好んで食べている虫が居ま...
| 質問 |
アオカラムシと言う植物がありますが。この植物を好んで食べている虫が居ます。いきなり大量に発生して 急に居なくなる不思議な虫ですが 成虫がわかりません、教えてください。さわると首を振って威嚇します |
| 回答 |
おそらく「フクラスズメ」の幼虫でしょう。http://www.insects.jp/kon-gafukurasuzume.htmイラクサ科の植物に群れで発生し、刺激を与えると身体を反らし、左右に振ります。 無毒で、葉を食べつくすと移動します。 |
| 回答数 |
1 |
| 質問日 |
2008年09月11日 |
| 解決日 |
2008年09月15日 |
| 詳細 |
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1219073132 |
上杉謙信の財政を支えた青その収益は、大きなものだったのですか。木綿が一...
| 質問 |
上杉謙信の財政を支えた青その収益は、大きなものだったのですか。木綿が一般的でなかった時代、青そ(カラムシ)はかなりの人気者だったのですか。京大坂で、青そを売って大もうけをしたのですか。武田信玄は、甲州で産する金が有名ですが、謙信は、青そ、越後の金山が収益源ですか。謙信のほうが財政には余裕があったんでしょうか。石高は互角ですか。 |
| 回答 |
木綿がなかった当時は公家から庶民まで青苧の服を着ていました。当時の服は現在のように簡単に買い替えるものではありませんが、生活必需品であることには変わりありません。そして越後の青苧は全国に普及しており(地元で多少作ったりもしてますが)、最高級品とされたのもまた越後魚沼の品でした。当時は真っ白な布を作るのが難しかったため、雪深い越後で織る越後上布は不純物の少ない非常に白い美しい布として珍重されました。上杉家の財政を支えたのはこの青苧の生産・輸出であり、一説には米よりも青苧を作る人口のほうが多かったとも言われ、全国で流通する青苧の8割が越後製だったとも。(当時の越後はあまり稲作に向かない気候風土なため、米を作ってもあまり取れず美味しくなかったというのもありますが)そして日本海航路を使って輸出していたのですが、この船の港税だけで年間十万石以上。青苧が主たる特産品ですが、塩、紙、蝋なども大量に輸出しており、上杉家は寺社税や橋税、馬税など全国的に当たり前に取っている諸税を次々免除していますが、そのような措置を取ってもなお相当な量の貯蓄が出来ていたようです。上杉家は稲作よりもこういった特産品の生産販売と輸出入を重視し、輸出で得た利益により自国では取れにくい米を買い入れて暮らす都市型大名だったそうです。研究者によっては上杉謙信の度重なる遠征は、謙信の父の代で荒れ果てた越後から去っていった商人たちを呼び戻すための営業だったという人もいます。 |
| 回答数 |
3 |
| 質問日 |
2010年09月02日 |
| 解決日 |
2010年09月08日 |
| 詳細 |
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1346324633 |